祈りの恵みの現れ34-2
- ミッション 祈りの
- 7月2日
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ですから、夜間の高速バスは、腰の悪い方は、お気をつけ下さい。バスに乗車して、斜めで、眠った姿勢は、腰に悪いようですね。それで、東京で下車して、成田まで向かいましたが、全く治りませんで、腰を伸ばせないままでした。新潟に、妻に電話して腰が癒されるように、教会の方々にとりなしてもらうことにしました。
しかし、神様は、そんな状況でも、感謝をするように導かれました。「神様。夜間バスで移動した結果、腰を痛めてしまったことを、感謝します。これから、フィリピンに向かい、伝道や宣教をする前ですのに、腰が伸ばせないことも感謝します。主は、最善以外のことをなされませんから、ありがとうございます。」そのような祈りをして、飛行機に乗り込み、マニラへ、また、ダバオへと向かいましたが、一向に腰は良くなりませんでした。ダバオの空港で、降りる時になっても、腰は痛いままでした。向こうの方々に、温かく迎えられても、良くなりませんでした。
ところが、向こうで、初めての集会で、私が証し(体験談)のご奉仕をなそうと、講壇に向かった時に、急に腰の痛みが取れて、腰が痛くなくなってしまったのです。その時に、神様の癒しが与えられたのです。私は元気に、そのご奉仕をすることができましたし、その後、いやしのために、ダバオの方々を、祈る時に、あることを悟りました。ダバオで、集会のお話をする直前に、癒されましたので、私の信仰歴の中で、最も信仰的に、強められて、他の方々のいやしを祈ることができたと思います。そういう意味では、つまり、癒されたという喜びの思いを持って、強く信仰的になって、奉仕を成せたという意味では、直前で癒されたことが最善でした。ひどい腰痛にならなければ、これほど喜びを持って、癒しを祈ったり、信仰的に話すことは、できなかったかもしれません。
ですから、東京で、バスを降りた時は、「なぜ、このように、宣教に行く直前で、腰痛になってしまうのでしょうか?」とよくわかりませんでしたが、疑問に思いながらも、感謝していたことが、良いことに変えられてしまったのです。そして、宣教に行く直前でぎっくり腰になったことの意味を、理解することができたのです。
主はすべてを益にして下さっていることを、本当に、その時実感し、感謝しました。感謝しつつ、祈りましょう。



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