祈りの恵みの現れ31-2
- ミッション 祈りの
- 2 日前
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更新日:15 時間前

ですから、イスラエルで、全員の荷物がなくなっても、きっと全員出てくるのでは、と期待することが恵みによってできたのです。私が皆さんの前で、集会で、メッセージをする時にも、「きっと、全部の荷物が戻ってくるのでは、と思っています。」というような信仰告白もしていました。
ですから、今回の荷物が、全員なくなって、全員のものが戻ってきたということにおいて、特別の語りかけを私は感じました。私たちは、信じて聞き従う時に、本当に祝福されていると思います。たとえ、失ったように見える物でも、私たちが感謝しつつ、聞き従っていくなら、あるいは、ある時は、悔い改めつつ聞き従っていくなら、それらのものは、必ず戻ってくるあるいはそれ以上のものを与えてくださるということを、主が強く強調して語って下さっている、そんな語りかけを主が与えて下さっているようでした。たとえ、殉教者が許されたとしても、(それはどういうことかというと、)命を失うものが教会で許されたとしても、ジャッキーやジュリエッタのように、最高の報いを天で受け、再び天で私たちは再会できるということです。(注:ジャッキーやジュリエッタとは、フィリピン・ダバオでの殉教事件の際、私たちの親しい協力教会のクリスチャンの殉教者。)
ですから、失ったように見えても、私たちは失ったものは何もないんですね。もし、本当に私たちが祈り、聞き従うなら、失うものってなにもないんだなと思わされて、そして帰ってきた、イスラエルチームとなりました。
しかし、そんな嬉しいメッセージをうけて帰ってきて早々に、試されるようなことが起こりました。11/12の午前中に、私達は日本に帰ってきたのですが、家に帰った途端、その日のうちに、今度は家や車のカギをなくしてしまったのです。こんなこと結婚以来、初めてでした。(スペア・キーは、いずれもありましたが、大切なものの鍵ですので、不安でした。)「ちょっと待ってください。失うものは何もないんですよね。主はたとえ今、失ったように見えても、手元になかったとしても、それ以上のものを返してくださるんですよね。感謝します。」と祈りつつも、「でも、本当に戻ってきますか?早く、カギ返して下さい。」そんな思いを抱いて、試されてしまいました。疑いは抱きつつも、その日、夜遅くのうちに、戻ってくることを信じて、交番に紛失届けを出しましたら、次の日の朝7時には、届け出てくださる方を、神は起こしてくださいました。「えーっ。こんなに早く届けてくださる方いるんだ。神様はすごいです。主をほめたたえます。」


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