悩まなくていいという事 (続き)
- ミッション 祈りの
- 8月30日
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さらに、マーリンさんの本を読みつつわかって来たことは、
悩む事自体が罪であるという事です。
このことに対しては、いろいろなご意見が、見解があるかもしれません。
しかし私は、同感です。
もし、神の十字架の赦しの愛を信じているなら、悔い改めるなら
極端論かもしれませんが、「いつも喜んでいなさい」
というみ言葉を実践している態度、姿勢が、正しい姿勢なのです。
もし、神が助けてくださること、神が、恵みを必ず与えて益としてくださることを
信じているなら、喜んでいれるはずなのです。もし、なぜか喜べないならどこかに
不信仰があるという結論になります。
私たちは、心配してしまう、悩まなくていいことを、
悩んでしまう罪人であるということです。
と、ここまでで文を終えると、罪の指摘で終わって、重くなって終わりなのですが、
そうではなくて、心配したり、悩むことが罪なので、それを悔い改めて、
赦されたことを、喜んでいれば、私たちは、悩まなくて良いということがわかったのです。
心配したり、悩んでいたり、そこが不信仰の罪なので、そこを悔い改めて
赦されていることを信じれば、喜べる、という話でした。



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