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使徒の働き 3

更新日:2023年3月11日

1章1節、2節

テオピロよ。私は前の書で、イエスが行い始め、教え始められたすべてのことについて書き、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じてから、天に上げられた日のことにまで及びました。


3節

イエスは、苦しみを受けたのち、40日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、

数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。


 この前の書というのが、ルカの福音書です。ルカの福音書の24章49節からで、イエス様が命じているのは、力が着せられるまで、都にとどまっていなさいということでした。

そうしてから、離れていったと書いてあります。そこで一区切りで、3節から、使徒の働きの流れに入っているわけです。この40日の間、イエス様は、弟子たちに何回か、現れて、ご自分が生きていることを、示されたのです。


 それはどういうことでしょうか?イエス様は、十字架にかかって死んでしまった。だから

目の前にいる、イエス様は、霊かもしれないと、弟子たちは思えたのです。閉めてあったドアのところやあるいは、壁を、通り抜けて入ってきたりするイエス様。

(ルカ24:36、37)

 しかし、イエス様は、自分が霊ではなくて、手や足を持っていて、肉や骨を持っていると

主張されたのです。そして、自分が、死んだままではなく、よみがえったことを弟子たちに言われたのです。ですから、ルカの24章を読むと、よみがえりの体がどういうものかわかります。私たちも、このよみがえりの体、御霊の体を持つことになります。(第一コリント15:44−53)この体は、壁も抜けることができます。携挙の時、天井で、頭をぶつけなくていいのです。しかも、食べ物を食べることができる体です。

(ルカ24:41ー43)私たちも、天国に行ってから、美味しい食事をするんだと思います。以前、知り合いの宣教師の方が、「天国に行ったら、きっと美味しい食事ができる」と

印象深くいっていたのを覚えています。本当に嬉しそうでした。私は、「本当かな」と、学生の頃、疑っていましたが、今は、聖書から本当にそうかもしれないと思っています。


 でも、イエス様には、手の釘あとと、槍で刺されたあとが、脇に残っていました。

(ヨハネ20:27)ですから、よみがえりの体は、かなり変わるのですが、(エマオの途上で、しばらく二人の弟子が、イエス様だとわからなかったから。ルカ24:16)

しかし、何か、私たちが、地上での肉の体のあとも、少し残っているようです。(写真 本日、見かけた飛行機)


 


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