• ミッション 祈りの

リバイバルの鍵は。

更新日:10月23日

 

昨日のお話の続きです。


 「リバイバルの鍵は、神を待ち望むことですね」なんてことになるとまた、

お話が難しくなりますね。神を持ち望むとはなんぞや、ですね。


 やはり、詩篇を読むと、待ち望むことの言葉が、よく出てきます。


 例えば、私たちは、教会が始まって開拓当初2、3年は、もうスグにも

リバイバルは、やってくるのではと、そうですね、もう3、4年とか5、6年とか

もしかしたら、来年にも起こるのでは、みたいな感覚で、期待して、リバイバルを待ってました。そうしたらある年数が経ってから、今やっと、リバイバルの山のふもとに立ちました。見たいなと預言が、あったんですよ。みんな、「えーっ、やっと、ふもとか」

なんか、まだまだ、みたいなその預言に驚きつつ、でも、「妥当かな」なんて吟味しつつ

しかし、だからと言って、すごくがっかりしたということでもなく。


 神様の素晴らしいリバイバルの時は、明日にもくるのではなかろうか、みたいな、本当に

期待して、ワクワクしながら待つ姿勢、これが、神を待ち望むっていうことかなと、思わされます。期待して、待つので、決して、その時は長く感じられないんですね。私は、今でも

洗礼を受けたころの19歳の頃や、25歳ぐらいの頃の、期待感が、今でも同じように

よみがえってきます。自分が、あの頃とあまり変わらないなと思うんですね。


 多分、40年間待たされた、ヨシュアとカレブも、きっとこんな感じだったのでは、と思うんですよ。リバイバルを、今日も体験している感じなんですが、さらにまさる、その時を、期待してもっと素晴らしい時を、待っているのです。神を待ち望むとは、リバイバルの鍵だと思うのです。(写真 福島聖会で、今日洗礼式が行われました。おめでとうございます。)

 

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